つけ麺好きに広く知られている『丸長』は首都圏に数店舗あり、どこもいずれ劣らぬ人気店であるが、あえて一つを挙げるならばおそらく目白ということになるだろう。

店は山手線目白駅から、目白通りを練馬方面に徒歩5分ほど行ったところにある。

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この店は営業時間が昼時の4時間ほどと短く、土曜は麺がなくなり次第閉店、日曜・祝日は休み。つまりは1週間に24時間ほどしか空いていない難関店なのだ。
これが客の渇望感を呼び、長い間人気を維持し続けている一因となっているような気がしないでもない。

さて『丸長』といえば「つけそば」だが、その見た目は実にシンプル。

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昭和の風情を残す店舗同様、地味でかすかに寂しさすら覚える佇まいだが、その実“羊の皮を被った狼”であることを一口食べたところで思い知らされる。

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麺は中太で、モチモチというよりはムチムチした歯ごたえ。ボリュームはそれほど多くないが、しっかりと食べ応えがある。

そしてその麺を浸すつけ汁こそ、見た目と違ってかなり凶暴なのだ。

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細かく刻まれたネギと細切りのナルト、メンマ、細切れになったチャーシューが投入されたつけ汁は、酸味・甘味・辛味を強調した、まさに『丸長』のそれ。スープ自体の旨味も吹っ飛ぶほど“味”を強調している。
かなり酸味が強いが、砂糖のストレートな甘味で酢の刺々しさをマスキングし、一方で甘ったるくなり過ぎないように唐辛子の辛味で味の輪郭をシャープにするといったような絶妙な味のバランス。好みは分かれるが、中毒性の高い味だ。

決して塩辛いと言う意味ではないこの“濃い味”が、次々と麺を手繰らせる。そして酸味と辛味によりあっという間に汗が噴き出して来る。
食べていて辛いという感じはそれほど受けないのに、汗の量は半端ではない。

汗をぬぐいながら、旨い旨いと麺を啜り、一気に食べ終えると心地よい疲労感を覚えた。今回はあまりの発汗によりスープ割りはしなかったが、頼めばやってもらえる。スープ割をして、凶暴なスープを取り込んでこそ『丸長』の「つけそば」を堪能したと言えようが、汗だくの僕はそこまで戦えなかったのだ。





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丸長@目白

遅めの夏休みを利用して難関店のラーメンを食べに行く。
向かったのは湯島にある『大喜』だ。

ここは上野界隈の横綱店で、過去には某テレビ局のラーメンを特集した番組で日本一になったこともある名店だ。しかし、マスコミに登場するラーメンフリークの評価はみな絶大であるのに対し、一般の人の間ではかなり評価の割れる店でもある。

とはいえ行列店であることに変わりはない。

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この写真は食べ終わって帰るときのもので、時刻は11時45分くらい。平日の12時前であっても行列が出来る。湯島という立地を考えれば尚更すごさが分かる。

さて、僕が店の前に着いたのは開店時間前の11時15分。僕の前に客は5人。これでこの日の“ファーストロット”にありつけることは確定。
何でこんなに早く来たかというと、夏季限定且つ昼夜15食限定の「冷しとりそば(900円)」を食べるためだ。
なにしろこの暑さで“冷しメニュー”の需要は多いだろうし、加えて人気店で15食なんてすぐに売切れてしまうから、保険の意味で開店前に来たと言うわけだ。

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とりあえず食券を買って一安心。

きっちり開店時間の11時30分に入店し席に着く。
すると“ファーストロット”分は事前にオーダーが通っているので、ほぼ待ち時間無しで提供される。

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なんとも涼しげな見た目だ。
僕はこれを食べるために1年待った。

実は、1年前に雑誌で『大喜』の「冷しとりそば」を見て、ビジュアルと記事の文面だけを頼りに自作したことがある。そういう意味でけっこう思い入れが強いメニューであり、本家の味を是非食べてみたかったのだ。

その本家の味は・・・

スープを掬うと鶏のコラーゲンによるものだろうか、少しとろみが感じられる。掬ったスープを口に近づけると煮干の香りが漂い、口に含むと煮干の風味がズッシリと感じられる。冷えたスープでこれだけの香りを発たせ、風味を出すには相当量の煮干を使っているものと思われるが、若干煮干の苦味も感じられたのがやや残念なところだ。
煮干の風味の奥にはふくよかな鶏の旨味が感じられ、後味を丸くしている。また具として入れられた鶏そぼろがさらに鶏の味に厚みを出している。

麺は平打ちの多加水麺であり、プリプリとした食感で冷たいスープとの相性は抜群だ。

味の基調は塩で、あっさりと仕上げられているのでどんどん進む。あっという間にスープまで飲み干してしまった。

煮干の苦味が感じられたのは残念だったが、噂通り完成度の高い一杯であった。
そして手前味噌だが、去年自分が作ったものも結構いい線行ってたなと感じたのだった。




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らーめん天神下 大喜

8月11日(土)

いびきと歯軋りに悩まされ快眠とは行かなかったが、起床時間は予定通りやってくる。

3時20分に小屋の電気がつけられ、一斉に布団から起き上がると、自分の布団をたたんで外に出る。

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まだ外は真っ暗だ。
残念ながらカメラには写らなかったが、凄い量の星がまだ空に輝いている。

それにしても山の朝は寒い。

2007_08_11甲斐駒ケ岳02

温度計を見ると13度。寒いわけだ。
熱帯夜の東京の夜とはえらい違いだ。

外で少しばかし時間をつぶしている内に、小屋の中では朝食の用意が出来たようだ。

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質素だが、寝起きの身体にも抵抗無く入ってくるのでありがたい。

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ニラの入ったかき玉汁がうまかった。

今日のエネルギーを充填すべく、炭水化物であるご飯はお代わりして食べる。登山はものすごく消費カロリーが高いので、しっかり食べておかないとあとで響いてくるのだ。

しっかり食べた後は身支度を整える。

まだ4時を回ったところだが、宿泊客は続々と山頂を目指して小屋を発って行く。

14時30分、『仙水小屋』の方々に挨拶をしたあと、僕達もヘッドライトを点灯してまだ暗闇の登山道に歩き出していく。



今朝新宿を出てから約6時間弱。

『北沢峠』に着いた僕達は、準備運動で身体をほぐし、今日泊まる『仙水小屋』を目指す。

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ガイドブックの参考タイムではおよそ50分ほどだから、ちょっとした散歩みたいなものだ。

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最初は車も通れる道路を歩く。

10分ほど歩くと右手に色とりどりのテントが見えてくる。『北沢長衛小屋』のキャンプ場だ。

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こちらの小屋は『南アルプス市北沢駒仙小屋』というのが正式名のようだが、登山客には『北沢長衛小屋』として通っている。
南アルプスの開祖であり、明治から昭和にかけて南アルプスの登山道の開拓や山小屋建設に尽力した『竹沢長衛翁』が最初に建てた小屋であり、傍には胸像のレリーフがある。

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僕達がこうして登山を楽しめるのも、この人物のおかげなのだ。感謝!


この小屋を過ぎると、いよいよ道は登山道らしくなってくる。
しばらくは沢沿いを登っていく。

8月10日(金)

お盆よりちょっと早めに夏休みを取り、友達と南アルプスの『甲斐駒ケ岳』に登山に出かける。

僕は高校時代に山岳部に所属していて、当時は地元秋田の山々を中心に色んな山に登ることができたのだが、高校を卒業して10年以上が過ぎ、東京都内に住むようになった今となっては、登山は縁遠いものになってしまっていた。それでも山に行きたい気持ちは衰えることはなく、毎年初夏を迎える度に「あ〜、山行きてぇなぁ〜」と思ってはいたのだ。

そんな折、『るるぶ』の「日本百名山 山あるきガイド」を眺めていると、新宿から南アルプスへバスが出ていて、それを使えばけっこう簡単に南アルプスへ行ける事が分かり、「コレだ!!」ってなことで友達を誘ったというわけだ。
誘った友達も高校時代の山岳部仲間で、2つ返事で“夏の南アルプス登山ツアー”に参加とあいなった。


出発の日、天気は快晴。通勤のサラリーマンを横目に新宿駅南口からバスに乗り込む。

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8時20分の定刻通り新宿を出発したバスは、僕達のような登山客の他、一部帰省客も乗せ中央道をひた走る。


しばらく更新を休んでおりましたが、忙しい日々も過ぎ、一応落ち着いてきましたのでブログ再開します。

そういえば、休んでる間に当ブログも1周年を迎えました。これからもコツコツ更新していきたいと思いますので、今後ともよろしくお願いいたします。


Tacky